化学の世界、特に分子の形や結晶構造を理解する上で、「対称性」という考え方は非常に重要です。対称性を数学的に記述するのが「対称操作」。その中でも、少し発展的な「回反 (かいはん)」と「らせん」について、この記事では徹底的に解説します。
この記事を読めば、点群で登場する回反操作と、空間群で登場するらせん操作の違いが明確になり、分子や結晶の対称性に関する理解がより一層深まるでしょう。
対称操作の基本(おさらい)
本題に入る前に、基本的な対称操作を簡単におさらいしましょう。
- 恒等操作 (E): 何もしない操作
- 回転操作 (Cn): ある軸周りに (360/n)°だけ回転させる操作
- 鏡映操作 (\(\sigma\)): ある平面(鏡)に対して分子を映す操作
- 反転操作 (i): ある点(反転中心)に対して各原子を点対称に移動させる操作
これらの基本操作に加え、今回解説する「回反」と「らせん」は、これらの操作を組み合わせた「複合操作」です。
回反 (Improper Rotation / Rotoinversion)
回反とは?
回反とは、「回転操作」と「反転操作」を組み合わせた操作です。記号では \(\bar n\) と表されます。
「回転+鏡映」で定義される回映と少し似ていますね。

具体例: \(\bar 2\)の回反操作
\(\bar 2\)の回反操作を上の図も参考にしながらステップで見てみましょう。
- まず、2回回転軸 (C2軸)を定義します。
- この軸周りに分子を(360/2=)180° 回転させます。
- 次に、反転操作を行います。
- この一連の操作の結果、分子は元の形とぴったり重なります。これが\(\bar 2\) 回反操作です。
回反の重要なポイント
- \(\bar 2\)は鏡映 (hatsigma) と同じ: 180° 回転してから反転するので、実質的に鏡映操作です。
らせん (Screw Axis)
らせんは、分子のような有限の物体ではなく、結晶のような無限に続く周期構造の対称性(空間群)を記述するために用いられる操作です。
らせんとは?
らせんとは、「回転操作」と「並進操作」を組み合わせた操作です。記号では nm と表されます。
- nm 操作: らせん軸周りに (360/n)° 回転させた後、軸方向に結晶の単位格子長さの m/n だけ並進させる一連の操作。
「並進」という操作が入るため、有限の大きさの分子(点群)には存在せず、無限に繰り返す結晶格子(空間群)に特有の対称操作となります。

具体例:21 らせん
最も単純ならせん操作の一つが 21 らせんです。
- ある原子(または分子)を、らせん軸周りに (360/2 =)180° 回転させます。
- 次に、軸方向に沿って単位格子の(m/n =) 1/2 の距離だけ並進させます。
- この操作を繰り返すと、原子がらせん階段を上る(または下る)ように配置されていきます。
このらせん対称性は、身近な例では石英(水晶)の結晶構造などに見られます。
らせんの重要性:X線回折と禁制則
らせん対称性は、X線結晶構造解析において極めて重要です。結晶にX線を照射すると回折現象が起こりますが、らせん軸や映進面(鏡映+並進)が存在すると、特定の回折点が観測されなくなる「系統的消滅(禁制則)」という現象が起こります。
この系統的消滅のパターンを調べることで、結晶がどの空間群に属するのかを決定する重要な手がかりとなります。
回反とらせんの比較まとめ
最後に、回反とらせんの違いをまとめます。
項目 | 回反 (Improper Rotation) | らせん (Screw Axis) |
記号 | \(\bar n\) | nm |
操作の組み合わせ | 回転 + 反転 | 回転 + 並進 |
この記事では、対称操作の中でも少し複雑な「回反」と「らせん」について解説しました。
これらの違いをしっかり理解することで、分子の対称性から結晶学まで、化学の世界をより深く、正確に捉えることができるようになります。
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