「ニトロ基(電子吸引基)はメタ配向性」「フェノール(電子供与基)はオルト・パラ配向性」。前回の記事でこのルールを完璧に理解した人が、必ずぶつかる壁があります。
それがハロゲン(-Cl, -Br, -I)です。
- ハロゲンは電気陰性度が大きいから、電子を吸い取る(電子吸引基)はず。
- だったらニトロ基と同じ「メタ配向性」じゃないの?
- でも、教科書には「オルト・パラ配向性」と書いてある……なぜ!?
この矛盾、実はハロゲンが隠し持っている「ツンデレな性質(2つの相反する効果)」を理解すれば、すっきり解決します。

ハロゲンの「2つの顔」を知ろう
大学化学では、置換基の効果を2つのルートで考えます。ハロゲンはこの2つの力が逆方向に働いているのが特徴です。
① 誘起効果(Inductive Effect):電子を強く引っ張る「ツン」
ハロゲン原子は電気陰性度が非常に大きいです。そのため、単結合($\sigma$結合)を通して、ベンゼン環から電子をグイグイ引っ張ります。
- 結果: ベンゼン環全体の電子が不足し、反応が起きにくくなる(反応速度が遅くなる)。
② 共鳴効果(Resonance Effect):電子を貸してくれる「デレ」
一方で、ハロゲンには「非共有電子対(ローンペア)」があります。いざという時、この電子をベンゼン環に貸し出すことができます。
- 結果: 特定の場所にプラス電荷が来た時だけ、助けてくれる(配向性を決める)。
ここがポイント!
- 反応の「速さ」を決めるのは、常に働いている①誘起効果(引っ張る力)です。だからハロゲンの反応は遅い(不活性化)です。
- 反応の「場所」を決めるのは、緊急時に働く②共鳴効果(貸す力)です。これがオルト・パラ配向性を生みます。
なぜオルト・パラに行きたがるのか?(中間体の安定性)
では、反応の途中(中間体)で何が起きているか見てみましょう。
求電子試薬($E^+$)がベンゼン環を攻撃し、ベンゼン環がプラスに帯電した瞬間です。
オルト・パラ位を攻撃した場合
プラスの電荷がベンゼン環上を移動し、ハロゲン原子(-Clなど)が結合している炭素の真上にやってきます。
本来、電気陰性度の高いハロゲンの隣にプラスが来るのは嫌なことです(誘起効果による不安定化)。
しかし、ここでハロゲンの「非共有電子対」が火消しに走ります!
- ハロゲン:「普段は電子を吸い上げてるけど、今だけは余ってる電子を貸してあげるよ!」
- これによって、炭素とハロゲンの間で二重結合のような状態ができ、「全ての原子がオクテット則を満たす」という特別な安定構造が生まれます。
この「緊急時の援助」があるため、中間体はなんとか持ちこたえることができます。
オルト位のとき

パラ位のとき

メタ位を攻撃した場合
メタ位を攻撃すると、プラスの電荷は移動しますが、ハロゲンの真上には来ません。
これだとハロゲンからの「電子の貸し出し(共鳴効果)」は届きません。
残るのは「ハロゲンが遠くから電子を吸い取っている(誘起効果)」という嫌な状況だけです。助けは来ません。

結論:ハロゲンは「不活性」だけど「オルト・パラ配向」
以上の話をまとめると、ハロゲンの挙動は次のように説明できます。
- 全体としては反応しにくい(不活性化)ハロゲンが常に電子を吸い取っている(誘起効果 > 共鳴効果)ため、ベンゼン環は電子不足。だから、ベンゼンそのものより反応は遅いです。
- でも、あえて反応するなら「オルト・パラ」「メタ位」に行くと、ただ電子を吸い取られるだけで救いがない。「オルト・パラ位」に行けば、最後にハロゲンが非共有電子対で助けてくれる(共鳴効果による安定化構造がある)。「どっちも辛いけど、最後に助けがあるオルト・パラの方がまだマシ」という消去法に近い選択なのです。
まとめ:配向性マスターへの道
| 置換基 | 性質 | 配向性 | 理由を一言で |
| -OH, -NH2 | 電子をくれる | オルト・パラ | 電子を貸して超安定にしてくれるから |
| -NO2 | 電子を吸う | メタ | オルト・パラだと大反発して最悪だから |
| -Cl, -Br | 吸うけど持ってる | オルト・パラ | 全体的に嫌だけど、オルト・パラなら最後の援助があるから |
最後に
「例外」として丸暗記していたハロゲンも、「引っ張る力(電気陰性度)」と「貸す力(非共有電子対)」の綱引きとして見れば、非常に論理的な動きをしています。
大学に入ると、この考え方は有機化学のあらゆる反応で使う「最強の武器」になります。今のうちにイメージを掴んでおきましょう!

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