「温度を上げると、化学反応が速くなる」ということは、なんとなく知っているかもしれません。
では、たった 1℃温度が変わっただけで、反応速度はどれくらい変化するのでしょうか?
実は、この疑問に答える強力なツールが、化学反応速度論の基本中の基本であるアレニウス式です。今回は、アレニウス式を使って、温度と反応速度の驚くべき関係を解き明かしましょう!
なぜ温度で反応速度が変わるのか?
まず、なぜ温度が上がると反応が速くなるのか、その基本的なメカニズムを確認しましょう。
分子の運動エネルギー
化学反応は、分子同士が衝突し、原子の結合が組み替わることで起こります。温度が高いほど、分子の動き(運動エネルギー)は活発になります。つまり、
- 衝突回数が増える: 動きが速くなると、分子同士がぶつかる回数が増えます。
- 有効衝突が増える: 衝突のエネルギーも大きくなるため、反応に必要な最低限のエネルギー(活性化エネルギー)を超える衝突が増えます。
この2つの要因が合わさって、反応速度が向上するのです。
反応速度と温度の関係を表す「アレニウス式」
スウェーデンの科学者スヴァンテ・アレニウスが提唱したアレニウス式は、反応速度定数\(k\)と温度\(T\)の関係を定量的に表す非常に重要な式です。
アレニウス式:
\(\Large{k = A \mathrm{e}^{-\frac{E_a}{RT}}}\)
それぞれの記号が何を表しているか見ていきましょう。
- \(k\): 反応速度定数 (reaction rate constant)
- 反応速度の「速さ」を示す値。これが大きいほど反応は速い。
- \(A\): 頻度因子 (pre-exponential factor / frequency factor)
- 分子同士の衝突回数や、衝突の向きの適切さに関わる定数。
- \(E_a\): 活性化エネルギー (activation energy)
- 反応が起こるために乗り越えなければならないエネルギーの「壁」の高さ。これが低いほど反応は起こりやすい。
- \(R\): 気体定数 (gas constant)
- 約 $8.314 \ \mathrm{J \ mol^{-1} \ K^{-1}}$ の定数。
- \(T\): 絶対温度 (absolute temperature)
- ケルビン(K)単位の温度。摂氏(℃)に273.15を加えたもの。
この式からわかるのは、\(E_a\) が大きい(活性化エネルギーが高い)反応ほど、温度上昇による速度変化が顕著になるということです。
3. 実際に計算してみよう!1℃の変化でどれくらい?
それでは、実際にアレニウス式を使って、反応温度が1℃変化したときの反応速度の変化率を計算してみましょう。
計算を簡単にするために、以下の仮定を置きます。
- 活性化エネルギー ($E_a$): $50 \ \mathrm{kJ/mol}$ (一般的な有機反応の目安)
- 気体定数 ($R$): $8.314 \ \mathrm{J \ mol^{-1} \ K^{-1}}$
- 基準温度 ($T_1$): $25 \ \mathrm{^\circ C}$ (室温) = $298.15 \ \mathrm{K}$
- 変化後の温度 ($T_2$): $26 \ \mathrm{^\circ C}$ = $299.15 \ \mathrm{K}$
計算手順
- 各温度での反応速度定数を求める:まず、$T_1$ と $T_2$ それぞれにおける反応速度定数 $k_1$ と $k_2$ をアレニウス式で表します。頻度因子 $A$ は反応の種類に固有なので、両方で同じ値を使います。$$k_1 = A \mathrm{e}^{-\frac{E_a}{RT_1}}$$$$k_2 = A \mathrm{e}^{-\frac{E_a}{RT_2}}$$
- 速度定数の比を計算する:速度の変化率を知るには、$k_2 / k_1$ の比を計算します。$$\frac{k_2}{k_1} = \frac{A \mathrm{e}^{-\frac{E_a}{RT_2}}}{A \mathrm{e}^{-\frac{E_a}{RT_1}}} = \mathrm{e}^{-\frac{E_a}{RT_2} – (-\frac{E_a}{RT_1})} = \mathrm{e}^{\frac{E_a}{R}(\frac{1}{T_1} – \frac{1}{T_2})}$$この式に数値を代入します。$E_a = 50000 \ \mathrm{J/mol}$ (kJをJに変換)$R = 8.314 \ \mathrm{J \ mol^{-1} \ K^{-1}}$$T_1 = 298.15 \ \mathrm{K}$$T_2 = 299.15 \ \mathrm{K}$$$\frac{k_2}{k_1} = \mathrm{e}^{\frac{50000}{8.314}(\frac{1}{298.15} – \frac{1}{299.15})}$$$$\frac{k_2}{k_1} \approx \mathrm{e}^{6014.07 \times (0.003354 – 0.003343)}$$$$\frac{k_2}{k_1} \approx \mathrm{e}^{6014.07 \times 0.000011}$$$$\frac{k_2}{k_1} \approx \mathrm{e}^{0.06615} \approx 1.068$$
結果:約1.07倍!
計算の結果、反応温度が1℃上昇すると、反応速度は約1.07倍、つまり約7%速くなることがわかりました。
たった1℃ですが、意外と大きな変化だと思いませんか?
経験則として、「温度が10℃上がると反応速度が2~3倍になる」という話を聞いたことがあるかもしれません。今回の計算でも、1℃で約1.07倍なので、10℃では $(1.07)^{10} \approx 1.97$ 倍となり、この経験則ともおおよそ合致します。
4. アレニウス式はどんな場面で役立つ?
アレニウス式は、単なる机上の計算式ではありません。私たちの身の回りや産業界で、非常に幅広く活用されています。
① 化学工業・医薬品製造
- 最適反応条件の検討: 目的の化合物を効率よく、安全に作るための最適な温度条件を決定します。
- 副反応の抑制: 不要な副反応が起こりにくい温度を選びます。
② 食品の品質管理
- 鮮度保持: 冷蔵庫で食品を保存すると腐敗が遅くなるのは、アレニウス式で説明できます。温度が低いと反応速度(腐敗の進行)が著しく低下するためです。
- 賞味期限の設定: 温度変化による劣化速度を予測し、適切な賞味期限を設定するのに役立ちます。
③ 環境科学
- 汚染物質の分解: 土壌や水中の汚染物質が自然に分解される速度を、温度変化を考慮して予測します。
④ 材料科学
- 材料の劣化予測: プラスチックやゴムなどの材料が、熱や光によって劣化する速度を予測し、耐久性の評価に利用します。
まとめ:1℃がもたらす大きな変化
- 化学反応は、分子の衝突回数と有効衝突が増えるため、温度が上がると速くなる。
- アレニウス式は、反応速度と温度の関係を定量的に表す式。
- 活性化エネルギー $50 \ \mathrm{kJ/mol}$ の反応では、1℃の温度上昇で反応速度は約7%速くなる(約1.07倍)。
- アレニウス式は、化学工業、食品、環境、材料など、様々な分野で活用されている。
たった1℃の温度変化が、反応速度にこれほど大きな影響を与えることに驚いた人もいるかもしれません。この知識は、身の回りの現象を理解するだけでなく、新しい技術や製品開発にも不可欠な、まさに「科学の力」なのです。

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